2011年04月06日

胃痛と猛省と起業宣言!

下記の日記は去る4月4日にmixi日記として書き下ろしたものです。
ブログにも載せろという声が結構ありましたので転載します。
mixi内では一部ユーザー限定ではありますが、既に具体的内容についてのキャッチボールが始まっております。





胃痛と発熱が続き、食欲はそれなりにあるものの、量が食べられない。
3食のうち1食は「おかゆ」というテイタラク。

でも被災地の皆様はそれ以上の塗炭の苦しみでござろ。
胃痛程度の泣き言など「云う事は云うけど(笑)」‥でも云ってるだけで、それを乗り越えるのが私の生き方さ。

前置きはさておき‥
んー、この時点で総括するのも何だが、中締めということで「私にとっての大震災」を振り返ることにする。

結論は「無念」‥ただ一言。

FMCリスナーさん皆さんご存知の通り、私はことある毎に、何かある度に、あるいは何もなくても、話題の矛先を半ば強引に《地震》《津波》《噴火》などの地学的災害に捻じ曲げ、これらについて様々な角度から言及し続けてきた。

リスナーさんの頭の中に強引にすり込んで差し上げた『正常化の偏見(正常化バイアスとも云う)』が如何に危険なものであるか?‥これも年に10回とは云わない、何10回‥へたすりゃ100回近く発言してきたものである。

何故こんな発言をしてきたか?それは『日本国民の生命を守りたい』という強い意志があるからである。

1983年5月の「日本海中部地震」‥テレビで目撃した最初の津波だ。この津波によって遠足中の子ども達が13人も亡くなったのが私にとって最初の衝撃だった。
10年後の1993年「北海道南西沖地震」での奥尻島の被害は私に防災意識と地学的好奇心を固着させるインパクトがあった。
そして95年の「阪神淡路大震災」、2007年の「中越沖地震」その他もろもろ。

日本国民の生命を脅かす最大の脅威は、とりあえず北朝鮮でも中国でもなく紛れもなく地学的災害だと確信したからである。

私が防衛モニターとして公式自衛隊ウォッチャーになったのも、国民を守る最大最強の組織としての興味からであり、その実態を知るにつけ、彼らに対する尊敬の念は強まるばかりである。

さて、私だ。
意思は強くても非力である。
所詮零細ネットメディアの悲しさか。
私の発言が被災地の皆々様に届いていた可能性は限りなく低い。
蓋し無念だ。

告白しておく。
何処とは云わないが、今回大きな被害を出した地域のコミュニティFM局の立ち上げ時に、知人を通して「放送部長として来てくれないか?」とのオファーが来たことがある。(こういう話って実は結構あったりする)
正直あまり興味を感じなかったので、その話は丁重にお断りしたが、もし、あの時私が行っていれば、その局の編成は相当に変っていただろう。
ひょっとしたら、今回失われた命の幾つかを救う一助になれたかもしれない。否、なれたと確信する。
だが私はその任に就かなかった。

間に立った知人は「お前のせいではない」と慰めてくれたが、メディアの末席に居る者として、『聴かせてやんない!』なんて身勝手なコンセプトで自己満足を続け、結果、屁の突っ張りにもならなかったテイタラクを恥じ入るばかりである。
※コンセプト自体を否定するものではない。問題は、その閉鎖された枠から出て戦おうとしなかった「篭城戦術」にある。

今、猛烈に反省している私である。
そして「篭城」を解く決意を固めた私である。

4年前に立ち上げたまま棚上げにしている「コミュニティFM局開局計画」を、本日ココに棚から降ろす。
但し、そのまま使うつもりはないので、現在最後のご奉公のつもりで脳味噌をフル稼働させて『改訂版』を構築中である。

そもそもコミュニティFMという制度自体が、頭の悪い役人共が80年代のミニFMブームにあやかって《新たなミニ利権》として制度化したものであり、全てに於いて中途半端。経営者の多くも肝が据わっていないので、あたかも浮き草のような存在である。
恐らく10年経ったら、多くの局は淘汰されているか、あるいは商売変えを余儀なくされているはずだ。
第3セクターという税金かじり虫は安泰かもしれないが、その自治体が未曾有の災害で予算が枯渇したら、最初に切られるのは間違いなく3セクFMである。やはり浮き草みたいなもんだ。

そこで榎田信衛門である。
超大型メディアでの多岐に渡った豊富な経験はもちろんのこと、小型メディアを35年も率いてきた馬鹿‥もとい猛者は、この日の本の国には私一人しか居ない。
この私が、前代未聞の小型複合メディア企業をつくればいいんでしょ!そういうこった。

コンセプトは『小は大を兼ねる‥』 わっかるかなー、わっかんねぇーだろーなー。(今、分かられては困る‥笑)

ではアウトラインだけちょこっと‥。

社員は20名ほど集めることになろう。
電波、ネット、紙、その他‥ボーダレスに思考できるお調子者なら年齢経験不問。但し社是(後述)を自らの使命として共有できる人。

内部留保より人件費!(情報アウトプット業は個人のインプット作業にお金がかかるから)という榎田社長の経営方針があるので薄給冷遇にはしない。ブラック企業にはならんぞと(予定)。

2本社制とし、九州本社(本店)に16名、東京本社に4名ってところかな。
九州本社は熊本市内はつまんないから多分別の場所。(腹案では決まっている)

場合によってはコミュニティ放送という選択肢を排除する!という奇想天外な作戦プランもアリ。(常人には理解できまい。だがすぐに分かるようになる)
当然資本もあっちこっちから募らにゃならん。場合によっちゃ孫さんに「訴」と書いた紙を持って直訴し行っても良い‥笑。

社是はズバリこれ『国民の生命を守るメディア』

株式会社日本救国放送(あくまで仮名ですよん)
一緒に働いてもいいという全国のお調子者は今のうちに擦り寄って来なさい‥笑。
posted by 榎田信衛門 at 01:23| Comment(0) | 002やってみたい!を語ってみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

三陸復興計画・日ア党案

津波の被害総額はとんでもない額になる。
そんだけの財産が瓦礫になることを考えたら、
今度はちゃんと「人を守れる都市」を作ろうや!

バカ総理が云った「高台を造成して‥」っつうのは、まさしく自然破壊。
土砂災害の危険度を増すばかり。
それに「海産資源」にも悪影響。ろくなことなし。
イメージの貧困さがよく分かる。
なるほど指揮官として最低の器だな。



さてさて、建築のド素人である私が考えたのがこれ。

「城郭都市」

◎主題/地域住民の生命と居住空間そしてコミュニティを守る防災都市。

・平山城(ひらやまじろ)風の城郭都市。
・来襲津波の最波高プラス5〜10mを基本とし、海抜15〜50m程度の土塁を築く。
・土塁は海に対して鋭角の構造とする。(船の舳先のように)
・土塁内部には、既存の道路をそのままトンネル化して通過できるようにする。(入口には堅固な防水扉を設置)
・土塁内部は、産業向け倉庫スペース(地中なので温度管理が容易かつ低コスト)、地下商業スペース(道の駅など)を構築し、上層(展望台・居住スペース)との結節を円滑にする。
・土塁内部には、車両等が相当数退避できる空間を設ける。
・都市内部の公共施設(エレベーター、エスカレーター含む)を停電時にも稼動させる自家発電を有する。
・住宅は基本的に高層集合住宅とする。(壁面等は太陽光発電パネルを張り巡らす)
・商業施設等のビルは、将来上層への建て増しが可能な設計とする。
・背後の山間部との間を結ぶ高剛性の橋梁を設ける。(吊橋など)
・港湾施設については‥可能な限り頑丈な鉄筋コンクリート製高層建築を基本とする。
・港湾施設までの間も橋脚で結び日常的な通勤および避難通路とする。
・港湾の船舶については‥生命を守ることが第一なので放置。
・港湾の燃料貯蔵施設は全て地中化する。
・毎週1回、非常用施設を稼動させる「啓蒙タイム」を設ける。(チェックを兼ねる)


要するに「陸の軍艦島」ですぜ。
三陸の町々が其々個性豊かな軍艦として常に津波に立ち向かうという寸法。

PN2008111401000852.-.-.CI0003.jpg


金はかかるよ。
とんでもなくかかる。
しかし、公共事業としてはつまらぬ高速道路を作るより遥かに人の役に立つ。

素人意見ですけどね。
posted by 榎田信衛門 at 02:45| Comment(1) | 008雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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